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札幌高等裁判所 昭和55年(ネ)125号 判決 1981年8月27日

控訴人 太田サチエ

被控訴人 札幌高等検察庁検事長木村治

主文

本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求を、いずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  (一) 主位的請求

控訴人と訴外亡大庭与三郎とが昭和四八年二月七日、北海道江別市長に対する届出によつてした離婚は無効であることを確認する。

(二) 予備的請求

控訴人と訴外亡大庭与三郎とが昭和四八年二月七日、北海道江別市長に対する届出によつてした離婚を取消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二当事者の主張

当事者双方の主張、証拠の提出、援用及び書証の認否は次のとおり訂正、付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

(一)  原判決一枚目裏一四行目から二枚目裏二行目までを削り、次のとおり加える。

「2控訴人と亡与三郎とが、昭和四八年二月七日、北海道江別市長に対する届出(以下本件届出という。)によつて協議離婚をした(以下本件離婚という。)経緯は次のとおりである。

(1) 亡与三郎は昭和四六年七月、○○○○○○工場を退社した後、家族を○○町に残し、単身千葉県木更津市で稼働していたが、昭和四七年七月二五日突然貧血様の症状を呈して倒れ、○○日赤病院で肺結核と診断された。

(2) 亡与三郎は、○○町に帰省後は収入がなかつたため、生活保護法による保護の申請をし、昭和四七年八月一日から生活扶助等を受けることとなつた。

(3) 控訴人は、亡与三郎の長期療養にともない昭和四七年九月江別市に転居し、実兄の経営する○○鉄工の寮母として稼働し、月額二万円程の収入を得ていたところ、亡与三郎は、同年一〇月頃、空知支庁福祉課担当吏員から、控訴人の収入分は保護金から差引かなければならない旨を告げられたため、再三にわたり担当吏員に対し、控訴人と別れたと応答していたものの、昭和四七年一一月頃、更に離婚届が出ていなければ詐欺罪になる旨を告げられたため、控訴人及び亡与三郎は、離婚届を出さなければ詐欺罪になるばかりか保護金も削られ、一家(妻控訴人、長女かづえ昭和三一年九月二三日生、長男秀夫昭和三四年四月二九日生)の生活と亡与三郎の療養を支えることが困難になるものと考え、止むなく離婚の届出をすることとし、その旨を控訴人の実兄太田洋二、同実父太田吉次郎に話したうえ、右両名を証人とする離婚届を作成して、右洋二にその提出を委託し、洋二が昭和四八年二月七日江別市長宛に右離婚届を提出した。」

(二)  原判決二枚日裏五行目の「6」を「3」と、同七行目の「7」を「4」と改める。

(三)  原判決四枚目裏三行目の次に、行をかえて次のとおり加える。

「のみならず、協議離婚届が、届出人及びその家族の生命、身体に対する危険を避けるための特別な事情によつて誘引され、かつ、右届出後も夫婦の生活関係が届出前と全く変更がなく、更に配偶者の一方が死亡した後も、他方が右配偶者の債務を承継し、祭祀を主宰するなど、特段の事情のある本件離婚の場合は、本件届出意思から婚姻解消意思の推認は許されず、本件離婚は無効と解すべきである。

5 仮に、控訴人の以上の主張が認められないとしても、本件届出がなされた当時における前記の事情は民法七四七条、七六四条にいう強迫に準ずるものと解することができるから、本件離婚は取消されるべきである。なお民法七四七条二項が取消権につき三箇月の除斥期間を設けている理由は、瑕疵の存在を知りながら三箇月間実質的婚姻関係を継続させている以上、その取消を許さない趣旨であるから、与三郎が昭和四八年九月一五日死亡している本件離婚の場合においては、右険斥期間の適用はないと解すべきである。よつて控訴人は、予備的に、本件離婚の取消を求める。」

二  被控訴人

(一)  当審における控訴人の主張のうち、本件届出が昭和四八年二月七日なされたこと、亡与三郎が昭和四八年九月一五日死亡したことは認めるが、その余の事実上及び法律上の主張は、すべて不知或いは争う。

(二)  控訴人及び亡与三郎は、法律上の婚姻関係を解消する意思をもつて本件届出をしたものであるから、本件離婚は有効である。

(三)  被控訴人は、空知支庁福祉課担当吏員の発言に関する控訴人の主張は、これを争うものであるが、仮に、右吏員が詐欺罪に当るとの発言をしたとしても、その趣旨は、収入を生じた場合には届出義務があること(生活保護法六一条)、右届出義務を怠り不正受給をすれば詐欺罪等によつて処罰されること(同法八五条)を告げたに止まるものである。本件離婚によつて亡与三郎が不正受給の責任を免れ、かつ従来と同額の保護金を引続き受けることはできないことであるから、かかる事項を担当吏員が告知することはありえない。従つて右告知は何ら違法ではなく、民法七六四条で準用される同法七四七条所定の強迫に当らない。仮に強迫に当るとしても、控訴人は、昭和四七年一一月頃、遅くとも本件届出がなされた昭和四八年二月七日、右強迫を免れたものであるから、遅くとも同年五月七日を経過した後において、本件離婚につき、その取消を主張することは許されない。このことは実質的婚姻関係継続の有無によつて異なるものではない。

三  証拠

1  控訴人

(一) 甲第四、第五号証

(二) 控訴本人

2  被控訴人

甲第四、第五号証の成立は認める。

理由

一  当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の請求は、当審における予備的請求を含めすべて棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は原判決の理由説示と同一であるから、これを引用するほか、次のとおり付加説示する(但し、原判決六枚目表一一行目の「四六九頁」を「一四六九頁」に、同裏二行目の「八九四頁」を「一八九四頁」に各改める。)。

1  控訴人は、空知支庁福祉課担当吏員が亡与三郎に詐欺罪になる旨等を告げたため、その罪責の恐れと家族の生活困難を考えて、真実婚姻を解消する意思がないのにもかかわらず、やむなく本件届出をしたものであり、従つて右届出後の夫婦の生活関係も届出前と変らない特段の事情のある本件の場合においては、本件届出意思から婚姻解消意思は推認することは許されず、本件離婚は無効であると主張するので検討する。

文書の方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものとして成立の真正を認める甲第一ないし第三号証、弁論の全趣旨から成立の真正を認める第四、第五号証及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、亡与三郎は、昭和四七年七月頃病気で倒れ収入の途が断たれたので生活保護の申請をし、同年八月二一日生活保護決定がなされたが、その頃亡与三郎は、空知支庁福祉課担当吏員から収入があれば届出ること、もし収入があるのにその届出をしないと不正受給になつて処罰されるとの注意を受けたこと、右生活保護決定により、昭和四七年八月一日から生活扶助等月額四万六八二〇円(同月九月一日から月額四万四二三〇円に変更)が、亡与三郎に対して支給されることになり、これに控訴人の稼働収入月額約二万円を加えた収入で、控訴人は、その家族(亡与三郎、控訴人、長女かづえ昭和三一年九月二三日生、長男秀夫昭和三四年四月二九日生)はその生活を維持し、かつ、亡与三郎の療養費の補充をしていたこと、亡与三郎は、昭和四七年秋頃空知支庁福祉課担当吏員から控訴人の収入について尋ねられ、控訴人の収入は生活保護金から差引くと言われたので、控訴人とは別れたとの旨を答えたが、その後昭和四七年冬頃、更に右担当吏員から、控訴人が収入を得ているにもかかわらず、その届出をせず、また控訴人と別れたといつても離婚届を出していないと、不正受給になるから処罰される旨を告げられたため、その旨を控訴人に伝え、協議離婚届を出すことを相談したところ、控訴人も離婚届を出せばいままでの不正受給額の返済を免れ、かつ引続き従前と同額の生活保護金が支給されるものと思い、実父及び実兄とも相談のうえ、昭和四八年二月七日北海道江別市長に対し本件届出をしたこと、控訴人は本件届出後も実質上は亡与三郎とは夫婦であると思い、従つて亡与三郎死亡後も同人の債務を支払い、同人の遺骨も引き取り、その法要も主宰したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、控訴人と亡与三郎とは、不正受給した生活保護金の返済を免れ、かつ、引続き従前と同額の生活保護金の支給を受けるための方便とするため、法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいて本件届出をしたものであるから、右両者間に離婚意思があつたものというべきであり、また右に認定した諸事情があるからといつて、本件離婚が法律上の離婚意思を欠くものとして無効であるということはできない。

従つて控訴人の前記主張は採用することができない。

2  控訴人は本件離婚は強迫による離婚として取消されるべきであり、また三箇月の除斥期間の規定は本件離婚につき適用はないと主張するので検討するに、民法七六四条で準用される同法七四七条所定の強迫による離婚とは、夫婦の一方または双方が、その相手方もしくは第三者から、違法性の強い物理的または心理的な威圧を受けて、自由な意思決定をなしえない状況のもとにおいて、まつたく法律上の離婚意思がないにもかかわらず、離婚の合意をしたことをいうのであるところ、前認定の事実関係のもとにおいては、空知支庁福祉課担当吏員の亡与三郎及び控訴人に対する言動が違法性が強いとは認めることはできず、また右言動によつて、右両名が自由な意思決定をなしえない状況において、まつたく法律上の離婚意思がないにもかかわらず本件届出をしたものと認めることはできず、右認定を覆えすに足りる適確な証拠はないから、控訴人の右主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することはできない。

二  よつて、控訴人の本訴請求は、理由がないからこれを棄却すべきところ、右と同趣旨の原判決は相当であるから民事訴訟法三八四条一項に従い本件控訴はこれを棄却し、当審における予備的請求も以上説示する理由によつて失当であるからこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達昌彦 裁判官 渋川満 喜如嘉貢)

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